本誌記事 インタビュー アドビ 執行役員 カスタマーサクセス統括本部長 麦田興次氏

離反防止だけがミッションではない!
「顧客の成功」を可視化する条件


世界で最も成功しているカスタマーサクセス事例のひとつと評価されるアドビ。2010年代前半にサクセス部門を新設し、チャーン抑止(解約抑止)、契約継続に注力してきた。「次のステージへ移行する時期に来ている」と話す同社執行役員の麦田興次氏に、“現状と今後”を聞いた。


アドビ 執行役員 カスタマーサクセス統括本部長 麦田興次氏

米ポートランド大学でマーケティングを専攻。メンター・グラフィックス社、オートデスク社で営業支援、マーケティングやカスタマーサクセス、コンサルティング事業部を歴任。2022年アドビ執行役員・カスタマーサクセス統括本部長に就任。

─先進企業と評価されている立場から、「カスタマーサクセス」の活動について、日本の現状をどのようにご覧になっていますか。

麦田 日本では、2000 年前半にSaaS関連サービスの提供企業において「ポストセールス」を担う部署として始まったと認識しています。2010年頃から徐々に(言葉の)認知度が高まり、とくにスタートアップ企業を中心に手法が模索されてきました。2020年以降、従来の「利活用の促進」や「契約更新のドライブ」という役割に加え、いかに「顧客(クライアント)の成功体験を実現するか」に重点がシフト、KPIも多様化しつつあります。 アドビでは、2013年に従来のパッケージ提供からサブスクリプション型にビジネスが移行した際にカスタマーサクセス部門を新設しました。

デジタルエクスペリエンス領域拡張
「提供価値の最大化」を図る

─アドビは、画像や映像制作などの印象が強いです。

麦田 事業は大きく「デジタルメディア(DME)」と「デジタルエクスペリエンス( D X )」に二分されます。前者は、Photoshopや Illustrator などの「 Adobe Creative Cloud」、Adobe Acrobat DCなどの「Adobe Document Cloud」として提供しているソリューションで、35 年の歴史があります。後者は、デジタルマーケティングソリューション「Adobe Experience Cloud」のことで、MAツールの「Marketo」などの買収によって近年、拡充しています(図 1)。Webサイト分析、コンテンツ管理(CMS)やメールキャンペーンなどの機能も包含しています。
 端的に表現すると、前者がクリエイティブそのものを効率的に創るツール、後者がマーケティングを通してどのようにクリエイティブを制作および改善していくか、方向性を見極めるツールです。売上比率は、デジタルメディアが7~8割、デジタルエクスペリエンスが2~3割です。


─サクセス部門の組織体制は。

麦田 カスタマーサポートの配下にプロダクトサポート、カスタマーサクセス、コンサルティングの3部門があります(図 2)。製品の技術的サポート業務を行うのがプロダクトサポート。コンサルティングは、上流のビジネスコンサルや例えばアドビのツールとクライアントが導入している既存システムとの連携などを支援します。カスタマーサクセスは導入後からの顧客成功体験をサポートします。


─カスタマーサクセス業務の主な対象企業やミッションは。

麦田 主な対象は、DME/DXのエンタープライズ顧客です。各部署と連携し、ベースとなる製品セミナーやオンボーディングのためのトレーニングや、利用するうえでのヒントや最新製品情報などを、各種勉強会やセミナー、利用者向けの「CSMポータルサイト」などで案内。海外企業との橋渡しや、イベントにご招待して最新動向をお届けします。利活用を促進し、契約更新をドライブすることがこれまでの主なミッションでした。
 しかし部門開設から10年近く経ち、サブスクリプション市場も拡大し、変革すべき段階だと考えています。従来型の「更新ドライブ」から、「顧客の成功」を実現、可視化する方向にミッションを拡充する方針です。そのためには、「顧客が抱える課題」そして「顧客が目指すべき未来像」を把握し、ビジネスプラン(サクセスプラン)策定を支援、当社のツールを利用することで得られる価値の最大化を図る。これがカスタマーサクセス部門のカバー範囲となります。

ジェネラリストを育成し
コンサル領域までスケール

─ミッションを実現するための戦略を伺えますか。

麦田 顧客ごとに、短期、中期、長期でゴールを設定する「アカウントプラン」を策定します。その目標に対して1年間、2年間、3年間というスパンで具体的に何をするのかという「ミューチャル・サクセスプラン(MSP)」を個別に立てます。たとえば、3年後に売上げを20%伸ばしたいとすると、最初の1年間、そして次の1年でどのくらい伸ばして、そのために何を提案すればいいのかなど、マイルストーンを数値で表した具体的なプランを立案しなければ実現できません。 どのお客様にどれだけリソースを配分するかは、さまざまな切り口やデータをもとにしたセグメントをもとに判断します。


─どのようなセグメントを想定されていますか。

麦田 売上額や導入済みの製品群、DXの進捗状況、投資意欲、顧客側の担当者数、将来の見通しなど、さまざまな要素をもとにセグメントします。
 単なる離反防止をミッションとしていた従来と比較すると、カスタマーサクセスの難易度は高まります。とくに、顧客を理解し、精度の高い知識を持ったうえで、収益向上をもたらす適切な使い方をお伝えすることはもはやコンサルティングの領域です。技術的な知識やコミュニケーションスキルだけにとどまらない、ビジネス視点を有するジェネラリストを育成し、さらにスケールを図る方針です。



 

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